(a)企画を立てる
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自費出版の初心者が、自分の本をつくりたいと思うきっかけはさまざまです。長年、教育に携わってきた人が退職を期に自分の教職生活を顧みる。旧満州からの引揚者がいままで語らなかった苛酷な体験を伝える。歌集・句集・詩集など自分の趣味の世界を1冊にする。旅行記・紀行文をまとめる。こつこつと調べてきた研究の成果をまとめる。料理のレシピをまとめる。……人それぞれ、さまざまな本づくりのテーマと動機があります。
①なぜ本をつくろうとするのか
何よりも大切なことは、なぜ自分の本のつくろうとするのかを自分自身に問い、明確にすることです。本づくりへの自分の意志を確かなものにすることが、自費出版の第一歩です。うまくすると自分の本ができるかも、という安易な気持ちでは、決して満足のいく本づくりはできないのです。
②本のテーマとイメージ
その上で、自分はどんな内容の本をつくろうとするのかをはっきりさせることです。そのテーマにかなう、参考になる先人の本はないか探してみましょう。扱う内容によって、本の大きさ、製本の仕方(ハードカバーか柔らかいカバーか)、本のボリューム(ページ数)、縦書きか横書きか、写真はどの程度入れたいかなど、さまざまな要素が絡み合ってきます。おおよそこんな本がつくりたいというイメージをまず描きましょう。
③読者は誰か
そして、つくり上げた本を誰に読んでもらいたいのかを考えることが必要です。自分の孫子に自分の一生を語り伝えたいというときに必要な部数は自ずから限られます。教職生活40年を教え子たちにも読んでもらいたいというときの部数は少し多いでしょう。歌集・句集を同好の人たちに届けたいとなれば自ずから必要な部数が出ます。あるいは出版記念会を開こうとすると、その分も考慮に入れる必要があります。
さらに、少しでも書店を通じて地域の不特定の人にも買って読んでもらいたいとなれば、プラスアルファの部数が必要になります。しかし、これまでのさまざまな出版の経験からも、自費出版の世界で、自分の本が飛ぶように売れるという幻想を抱くことは厳に戒めたいところです。そんなに出版の世界は甘くはないのです。
④本づくりの要素
これらをまとめると、「内容、判型、組み方、ページ数、製本の仕方、部数」となります。企画段階のこれらの要素は、本づくりのさまざまな段階で変更を余儀なくされることがままあります。しかし、初めての自分の本へのイメージを豊かにしておくことはこれから本づくりの荒波を乗り越えていく原動力になるはずです。
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(b)予算を立てる
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どのような本をつくりたいか、おおよそのイメージが固まると、そのためにどれくらいの費用が必要かということになります。お金の使い方もいろいろです。海外旅行に行く、車を買う、趣味の教室に通うなどなど。無から有を生み出す本づくり。しかし、一生に何度もない本づくりとは言っても、お金は無尽蔵にあるわけではありません。この本づくりにどれくらい費用をかけることができるのか、冷静に考えておく必要があります。自費出版の本づくりが、家族の祝福を受けて果たすことができるよう、十分な理解と協力が必要です。無理のない予算を立てましょう。
場合によっては、予算から逆算してこんな本づくり、ということもあるでしょう。信頼のおける編集者・出版社と相談することが何より大切です。
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(c)資料を集める
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どのような本づくりでも、どれだけ
資料を集めることができるかで、その本の出来上がりの大半が決定づけられます。独り善がりではない、客観性と資料の裏付けのある内容を1冊の本に盛り込むためには、関連するさまざまな資料を集めることが最初の一歩です。新聞・雑誌、報告書など印刷されたものや、インターネットによる情報の収集も最近では一般的になってきました。
たとえば、旧満州の孤児の体験をまとめようといった時に、どのような資料を集めたらよいのかを考えてみましょう。まず、同じような体験をした人が、これまでに体験記を書いているかどうか、そのような情報はどこで手に入るかです。東京の新橋にあるNPO法人の自費出版ライブラリーに行って、その蔵書を調べるという方法があります。また最近ではインターネットでも自費出版ライブラリーの所蔵している本を調べることも可能になってきました。わざわざ出向かなくても情報を得ることはできます。そこにもし体験記があれば、本の貸し出しを受けることもできます。商業出版の中にも旧満州からの引き揚げ体験を書いた本はいくつもあります。それら市販されている本を手に入れることは比較的容易です。しかし、孤児として中国にとどまり、中国人の子どもとして戦後を過ごさざるを得なかった人が、しかもその後帰国し、二つの祖国を持った人の体験記はそう多くはありません。
子どもの目で見聞きした体験を社会の動きと関係づけるためには歴史年表が不可欠です。生まれ育った出身地の戦前のようすを知るためには、地域史の資料がほしい。開拓団の団員の子として渡った旧満州のようすを知る手立ても講じたい。また戦後の引揚者がどのような状況の下で日本に受け入れられて来たのかを知るには、国の記録やマスコミ報道が頼りになります。それらの基本的な資料を可能なかぎり集めることです。そして当時のようすを伝える写真や現物資料を整理します。
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(d)資料を読み込む |
集まった
資料を読み込むうちに、その資料の中に新たな情報が含まれていることもあるでしょう。資料を求めつづければ自ずから新たな資料の手がかりは見つかります。求めない人には、どんな資料も降って湧いてはこないのです。自分の体験とその当時の中国の社会や政治の動きの関わり、日本国内の戦後の政治や経済の動きが少しずつ見えてくるまで、さまざまな資料を読み解きます。年表をつくり、自分の体験と社会の動きが対比できるようにします。本に書き込みたい個々の体験をカードに書きます。そのカードに読み込んだ資料の中から必要な事項をメモします。徐々にそのカードが増えてきます。このカードの見出しは、本の章の見出しになったり、小見出しになったりします。このカードづくりは、何も紙のカードでなくてもよいのです。パソコンやワープロでも紙のカードと同じ作業は可能です。 |
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(e)全体構成・レジュメを作る |
そのカードを大きなくくりに分けたり、配列や順序を並べ替えたりします。試行錯誤しながら、自分の体験をより分かりやすく、効果的に、印象深く伝えるためにどのような全体の構成がよいかを考えます。全体を大きく何章に分けるか、小見出しのまとまりとしての節をさらに設けるかなど、カードを組み替えることによってさまざまなパターンを試してみるのです。そして一番おさまりのいい全体構成案を、原稿を書き出す準備として、とりあえずまとめましょう。もちろん原稿を書き進めるにつれて思わぬ展開になり、全体構成はしばしば大きく変化することもあります。
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(f)原稿を書く |
①書きつづければ1冊の本になる
このようにしてカード化の準備が整い、全体の本の流れが見えてきたら、いよいよ原稿を書き始めます。と言っても、一気に1冊の本の原稿を書くわけにはいきません。書きやすいところから、まず1つの小見出しの原稿を書いてみましょう。自分が体験したことや自分が感じたことと周りのようすを絵に描くようにして升目を文字で埋めるのです。いまではパソコンやワープロで原稿を書く場合も格段に増えてきましたが、文章にするという行為の基本は同じです。
文章が進まないときには本当に絵を描いてみて、それを文章化してみるのも有効な方法です。現にこの手法で1冊の体験記を仕上げた人もいます。このようにして小見出しの原稿を1つ1つ書き進んで行きましょう。時間はかかっても膿まず弛まず、自分の本をつくり上げるんだという最初の決意を思い起こしながら……。
これは山登りと同じです。ゆっくりでも自分の足で歩きつづければ、いつかは山頂に辿り着くことができます。山は自分の足で汗をかきながら登る以外に方法はありません。原稿も、自分自身で書きつづければ1冊の本になるのです。
②聞き書きという原稿づくり
しかし本づくりにはさまざまな原稿の書き方があります。文章を書くことは苦手だが、自分のことを話すのは何時間でもやれる。だからどうしても自分の本をつくりたいという人には、聞き書きという方法もあります。この場合、編集者・聞き手は、著者になり代わって(a)(c)(d)(e)(f)の作業を行うことになります。用意周到な資料の準備を整えて、聞き手は著者の本音を引き出し、著者を彷彿とさせる文章にすることが求められます。
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(g)推敲する |
書き上がった原稿は、そのままでは不十分です。1冊の本になったときを想定し、全体を見渡しながら個々の表現や内容について検討を加えることが必要です。差別用語や、関係者の人権問題になる恐れの文章はないかなど、著者本人による内容や表現についての吟味が必要です。あるいは記憶違いや勘違いなどによる箇所や、人名・地名などの誤りはないかなど、もう一度資料にさかのぼって確認する必要もあります。このような原稿の
推敲は本づくりの基本です。
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(h)編集 |
でき上がった原稿は、著者の了解のもとで編集者によってさらに内容の点検と表現上のチェックを受けます。文体・用字用語の統一を図り、年代・地名・人名の再確認をします。内容面での問題はないか、全体の整合性はあるか、引用などについて著作権上の問題はないかなど、1冊の本になったときの内容面での正確さを図ります。また、1冊の本の持つメッセージのもっとも効果的な展開を考え、内容構成はこのままでいいか、章の見出しや小見出しはこのままでよいかなどを検討し、よりふさわしい見出しを考えます。
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(i)本のタイトルとデザイン |
でき上がった本の原稿の内容により、どの大きさの本(A4判、B5判、A5判、B6判など)がよいのか、本文の文字の大きさ、字数、行数、行間、1ページの余白の大きさ、ノンブル(ページの数字)の位置や大きさなど、1ページのレイアウトをどうするかがつぎのテーマです。見やすく読みやすいレイアウトは工夫次第でできるのです。さらに、本の顔ともいえるカバー・表紙・本扉・中扉を内容に即してデザインします。著者の思いを伝えるために本のタイトルを考え、この本ならではのレイアウト・デザインを、著者との深いコミュニケーションを経て行ないます。これらは、編集者の本づくりの経験と新しい発想で果たすことができるのです。
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(j)組版 |
原稿をどのように1冊の本に仕上げるかという設計図がこれまでの編集、レイアウト・デザインの作業によってでき上がりました。それに従って1ページごとに原稿を組み上げます。原稿用紙に書かれた原稿以外にも、最近は著者自身がパソコンやワープロで原稿を書く時代になりました。しかし、編集者の編集作業による内容のチェックで訂正すべき箇所は多数にのぼります。さらに章の見出し、小見出しやノンブル(ページ)、柱(ページリーダー)を入れた1ページごとの組み上げ作業が、本づくりにとって不可欠なことは言うまでもありません。
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(k)校正する |
組み上がった1ページ1ページが、指定どおりに組まれているかどうかをチェックします。その校正作業のためにプリントアウトした紙を校正紙(ゲラ刷り)と言います。校正は通常3~4回かけます。著者が直接校正刷りを読む著者校正のほかにも、出版社ではプロの校正者が、人の目を替え、時間を替えてミスのない本づくりを目指します。本文の校正のほかにも、カバー・表紙・本扉などのの校正や色校正も行います。予想どおりの色彩に仕上がるかどうか最新のコンピュータと印刷技術が試されます。校正は本づくりの最後の砦なのです。
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(l)印刷・製本 |
校正を終えたゲラ刷りは、最後のチェックを受けて
印刷・製本に回ります。印刷ミスや印刷の汚れが出ないように細心の注意を払って印刷されます。製本は、ハードカバー(上製本)、ソフトカバー(並製本)によりその工程は少し違いますが、乱丁・落丁などの製本ミスが出ないように厳しいチェックが行われます。
そしてようやく1冊の本ができ上がります。企画・資料集めから始まった本づくりが、ようやくその成果を見せてくれます。でき上がった本は真っ先に著者のもとに届けられます。その著者の喜びを共有することができるのが、本づくりに携わる編集者の最大の喜びでもあります。
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(m)本の概要を書く |
この世に初めての1冊の本ができました。本づくりを始めたときにイメージした以上の本が果たしてでき上がったでしょうか。この本の意味を正しく読み手に伝えるために、なぜこの本をつくったのか、この本で伝えたいメッセージは何なのかなど、著者がこの本づくりにかかわった思いを簡潔に伝えるためのメモを書きましょう。それは、1冊1冊、感謝の思いを込めて手渡す人たちへのメッセージにもなります。
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(n)本を届ける |
本のメッセージを添えて、まず最初に読んでもらいたい人たちにでき上がった本を届けましょう。身近な人には手渡しで、遠方の人にはメッセージと共に送りましょう。さらに、この本の出版の意味を理解してくれそうな新聞社や、タウン誌にこの本を届けましょう。編集者や出版社にその対応を相談するのもよいでしょう。
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(o)批評を受ける |
本を届けるだけでは、
自費出版の意味は半ばしか果たせません。この本をどのように読んでもらったのか、最初の読者にその感想を聞きたいものです。同じ思いを共有したという感想を寄せる読者がいます。誤りを正してくれる読者もいます。このような視点で書いたらもっと社会性がある本ができたのではと提案する読者もいます。そして、この本の出版の意義を認めてくれた新聞社の記者は、その紙面にこの本の紹介記事を書いてくれるでしょう。特定少数であったこの本の読者が、少し広がりを見せるかも知れません。本を出してよかった、自費出版の醍醐味を味わうひとときです。 |
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(p)本づくりの反省・さらなる本づくりに向けて |
本づくりの醍醐味を味わった著者は、初めての本づくりで、さまざまな
感慨と感激を味わうことでしょう。ああすればよかった、こうすればよかったと、初めての自費出版を成し遂げた後にはさまざまな思いがよぎります。しかし、一たび自費出版の本づくりの感動を味わった著者は、この1冊だけで終わるということはありません。新たなテーマを設定して、あるいは同じテーマをさらに深く耕しながら、2冊目の自費出版に向けて新たな挑戦を始めることでしょう。今度はさらに意味ある本を世に送り出すことができるようにとの思いも新たに…… |