2003年3月28日
ホームページの効果ほどは?

 昨年9月に夢工房のホームページを立ち上げてから半年がたった。ひと月に1回ぐらい交遊録を書くつもりでいたが、叶わなかった。

 この間に北朝鮮の拉致問題がマスコミを賑わし、国連を舞台に繰り広げられていたイラクの武器査察問題への取り組みが米英などの強行策により破綻。ついに戦争が始まった。イラクのフセイン大統領の大量破壊兵器隠匿他の事実についての検証は厳しく問われなければならないが、世界の警察を自認するアメリカの問答無用の狂暴な振る舞いは納得できない。言うところの「速やかなきれいな戦争」などありえないし、市民であれ、兵士であれ一人ひとり掛け替えのない命である。その命が今も、戦争という名によって正当化(?)された暴力によって失われている。海を隔てた地球の向こう側のことではない。その痛みを常に感じる想像力は深く持ち続けたい。

 コンピュータは、ハイテク兵器に不可欠。そのコンピュータによるデジタル情報は、地球上や宇宙空間において目に見えない蜘の糸のように張り巡らされ、飛びかっているのであろう。夢工房のホームページはその中にあって何ともささやかなスペースではある。しかし、このところぽつぽつと本の注文が入ってくる。メールやファクスというルートで、たしかにホームページを見て注文したということが分かるのである。ときたま夢工房を書店と勘違いしたのであろうか、他の版元の本の注文が入ることもある。もったいない(!)ほど高額なものも。誤解を生むような案内はしていないつもりであるが、丁重に書店に注文していただくようにメールを送っている。

 本の注文以外にもホームページの効用はある。ホームページ上に「本づくりのABC」なるものを書いているが、それへの問い合わせである。創作集をつくりたい、郷土の歴史をガイドブック風にまとめたいなど、さまざまな本づくりの書き手の存在を実感する。そのような本づくりの担い手たちとどのような関わり方をしたらよいのか、これからの課題である。

原点に戻れ!

 民事再生法による再建を試みていた神奈川図書Xは、2月25日付けで横浜地方裁判所により破産宣告された。再建できなかった原因は色々あると思うが、最大の要因は、神奈川図書への版元や書店など関係者の信頼感が決定的に欠如していたことであろう。その原因をつくったのはとりもなおさず神奈川図書という会社と、そこに仕事を得ていた社員である。敗者に鞭打つつもりはないが、やはり本の流通ということに対するプロ意識や創意工夫・企画力が弱かったと言わざるを得ない。出版不況といわれるこの時代の本の流通をどのようにして担って行くのかという経営理念がなかったのである。零細な出版社である小社にとっては相当大きな150万円ほどの債権は、ほとんど回収できないと考えたほうがよいのだろう。さて困ったと、嘆いてばかりもいられない。債権の回収はないものと諦めるとして、実は本の流通が問題なのである。

 3月19日に神奈川新聞社の出版局の会議室で小さな集まりがあった。「かながわ自費出版の会」会員6社が小田原伊勢治書店で2月に行ったブックフェアーと、同時に行われた「本づくりを楽しむ」セミナーの反省会である。その席で出た話の一つに書店の棚づくりがあった。地域出版や自費出版の本を常備する書店の棚を確保したいという版元の思いは強い。神奈川図書という県内の流通がなくなった状態で、どのように本を書店に並べることができるのか。一つは東販や日販など大手取次の口座を開くこと。これは開設できても相当条件が悪い。一つは地方・小出版流通センター経由で注文の本を書店に流す。これは時間がかかるし店頭に本を並べるということからすると意味は小さい。その中で、書店に直接本を持ち込み棚づくりをしようとする、ある出版社の試みが話された。これまでも小社では、県西地域の主な書店とは直接取引を行ってきた。これを他の地域の地域一番の書店にも広げたらどうかということである。もちろんクリアーすべき問題は多数ある。

 夢工房創立15年目に入ったが、始めの頃は書店とすべて直接取引していた。それが発行点数も多くなり一人ではカバーしきれなくなって、取次を使うようになった経緯がある。地方・小出版流通センター加盟の版元の中には、独自の直接予約販売を行っている版元がある。また、それこそ足を使ってきめ細かい書店との直接取引で初版を売りきる方式で生き延びている版元もある。インターネットによる情報発信や安くなった送料、書店との直接取引によるメリットなど、零細な出版社が生き延びていくための条件は逆に整いつつあるのかもしれない。要はプロの編集者としての技量や経営感覚をどのようにして研き、読者や書き手、書店とダイレクトに渡り合うかであろう。原点に戻れということなのかもしれない。(片桐 務)