2005年12月9日
日本映画の革命児は丹沢山麓の出身


〜『トーマス栗原』出版記念会の顛末〜

 小社で発刊している神奈川県西の「地域の自然・歴史・文化をもっと身近に」というシリーズ「小田原ライブラリー」の創刊は、2001年11月のこと。このシリーズは、各巻B6判130〜160ページ、定価1260円。小さくても山椒はピリリが身上。4年間で15冊目の『戦時下の箱根』がこの11月に出たばかり。その1か月前にシリーズ第14巻『トーマス栗原―日本映画の革命児』を出版した。著者は神奈川新聞文化部の記者・服部宏さん。その出版記念会が12月3日?の夜、横浜馬車道の「相生」で開かれた。

 100人近い参加者の顔ぶれは多彩で、服部さんの日ごろの交友関係を思わせる。映画や文学の関係者、神奈川新聞社の記者仲間、行きつけの飲み屋「武蔵屋」の女将さん二人などなど。小田原方面からは、「小田原ライブラリー」の編集委員である金原左門・川添猛さん、映画監督の井上和男さん、もと八小堂書店の小泉政治さんと小生の5人が参加した。

 横浜映画祭の鈴村たけしさんの司会、発起人代表の作家、赤瀬川隼さんのあいさつで始まった会は終始和やかで、服部さんの学生時代の個性的な様子や、その後の映画・文学にかける記者魂を彷彿とさせた。これまでまとまった形で取り上げられることのなかったトーマス栗原が、揺籃期の日本の映画界に果たした革命的な役割を、時代背景とともに描いた(金原左門さんの言葉)今回の著作について、異口同音に高い評価を頂いた。井上監督は、横浜が生んだ女優第1号である紅沢葉子との戦後の交友を紹介しながら、トーマス栗原とのつながりを語った。

 トーマス栗原は、本名・栗原喜三郎、明治18年1月24日、中郡西秦野村千村に生まれ、大正15年9月8日、横浜本牧で死去。享年41歳。生き急ぐように駆け抜けたトーマス栗原の「純映画劇」づくりの足跡は、まさに鮮烈。その純映画劇の第1作「アマチュア倶楽部」は、谷崎潤一郎のオリジナル作品で、トーマス栗原が監督。純映画劇に賭ける情熱とハリウッド仕込みのさまざまな技法は現代の映画づくりにつながる。

 この「アマチュア倶楽部」に出演していたのが紅沢葉子。また、ハマっ子女優の五大路子さんが、地元発の演劇を発信しようと「横浜夢座」を結成し、その旗揚げ公演(平成11年12月、横浜ランドマークホールで上演)の演目「横濱行進曲」の主役が、五大さんが扮するかの紅沢葉子。この2幕18場の舞台に、紅沢とともに重要な役回りを演じたのがトーマス栗原であった。草創期の日本映画の青春群像を描いた杉山義法のオリジナル脚本「横濱行進曲」もこの本に収載した。

 終宴近くには、五大路子さんが花束を持って会場に現れ、「横濱行進曲」を歌って出版を祝ってくれた。明治・大正から現代につらなる映画・演劇史の源流を掘り起こし1冊に纏め上げた著者の服部さんのご苦労を思い、本づくりにかかわった喜びを感じる師走の夜であった。