2006年7月1日
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水に流せない話
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丹沢山麓の自然人の挑戦
これまで田植えをやったことのある人は、そう多くはないかも知れません。米どころ新潟・長岡出身の私は、田舎にいた高校まで田植え・稲刈り・ハザ掛けをやりました。当時は、大変な農作業をやらされているという思いが強く、米づくりの喜びなど余り感じていませんでした。ところが、第2の故郷・秦野に移り住んで20年、農家出身の血が騒ぐのか、このところ土を耕していると安心します。仲間と一緒に、丹沢山麓のかつての棚田を復元して、日本の穀物の雄・米づくりをやっています。
棚田の復元は開墾
10年以上も耕さずに放置すると、かつての伝統的農村景観はすっかり消えてしまいます。それは丹沢山麓だけのことではなく、全国至るところで見られる荒廃した日本の里山・里地の現状です。
生命の水の循環
沢を遡ると、雑木林の向こうには手入れされていない真っ暗なスギ・ヒノキの植林地がありました。下草も生えていない地表を雨は走り、沢に集まり、一気に土手を蹴散らし、川底をさらったのです。山の上から中腹そして里山・里地と、丹沢の自然の循環はいま至るところで途切れています。生命の水がいま危険に曝されているともいえます。
生物の多様性の舞台 復元した棚田は、当初の7枚約10アールが、今年は23枚30アールほどになりました。いま名古木の棚田は、沢の両側の田んぼが水を湛え、苗の緑が濃くなりました。水は棚田の上から順に下の田んぼへと日の光を浴びて温かくなりながら流れ、養分を供給しています。人の手が入ることによって活かされる自然もあるのです。これは水に流さないでほしい話(?)だと思いますが、如何でしょうか。
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